京都市内の繁華街のど真ん中を流れる高瀬川に停泊している謎の船

京都市内の繁華街のど真ん中を流れる高瀬川に停泊している謎の船

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歓楽街として有名な木屋町を流れる高瀬川。

そんな高瀬川を三条方面から御池通りの方に上がっていくと、一隻の船があるのをご存知でしょうか?

今回は、高瀬川に浮かぶ謎の船をご紹介したいと思います。

 

 歓楽街を流れる高瀬川に浮かぶ一隻の船

謎の船の正体

高瀬舟 お酒

この船は一体どういう目的でここに置かれているのでしょうか。

実は、高瀬川は古い歴史を持つ人工の運河です。

歴史を遡ること四百余年、大仏殿再興のために、当時の人々は鴨川を使って資材を運ぶことを思いつきました。

しかし、鴨川を使っての運搬は困難を極めたため、京都・伏見間にわたって高瀬川が開削されました。

水深30センチと非常に浅い川を進めるように船底は平らに設計されています。

動力はなく陸地から曳き子が綱で引っ張るという方法をとっていました。

最盛期には159隻の高瀬舟、700人を超える曳き子が活躍していたと言います。

陸運しかなかった当時、水運が導入されたことによって多くの物資が洛中にあふれるようになりました。

これが木屋町を流れる風情ある高瀬川、そして謎の船、高瀬舟の正体です。

明治の文豪、森鴎外の著書「高瀬舟」の舞台にもなっています。

 

高瀬川周辺を散策する

高瀬船 反対

現在船が停まっているのは、一之船入という荷物の揚げ降ろしを行っていた場所です。

当時は九之船入までありましたが、現在その姿を残しているのは一之舟入のみです。

更に高瀬川を南に歩いていくと「材木橋」と呼ばれる石橋が出てきます。

現在は歓楽街として飲食店が立ち並んでいますが、当時は材木問屋などが軒を連ねていました。

「木屋町」という通りの名前も当時の名残というわけです。

 

あなたの周りにも重要文化財があるかも?

高瀬船 桜

何気なく見ていた京都の景観一つ一つに当時の時代背景が残り、後世へと残していく重要な文化財となっています。

歴史を学ぶことによって見え方が大きく変わり、観光がより楽しく深いものになります。

高瀬川を知るための石碑や文献は他にも多く残っています。

祇園周辺にお越しの際は想像を働かせながら高瀬川を散歩してみてください。

住所京都府京都市中京区一之船入町537−50
最寄り駅京都市営地下鉄 京都市役所前駅

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